(聞き手:田川流大)
リロ珈琲喫茶には、心地よい空気を作り出すスペシャリストがいます。
佐野亮介さんは常に周囲に気を配り、お客様を全力で楽しませつつも
ひとつひとつの動作に宿る自然な美しさが乱れることはありません。
自分に与えられた役割を静かに突き詰めるその背中には、
価値観の軸となる「踊り」から得た美意識が見え隠れ。
自身の中に確固たる価値観を育みながら 決して自慢せず
今日も謙虚なプロフェッショナルであり続けます。
第5回
正解はない、間違いもない。
ルダイ
スコーンを作る上で、理想の味はあるんですか?
サノ
一応あるにはあるんですが…。店によって全然違うんですよね〜。そして、どうやら全部正解なんですよね。
ルダイ
おお!
サノ
そして、その「全部正解」という考えはそのまま、僕がダンスで求めていたものだったりするんですよ。
ルダイ
ほう!「間違いはない」…。
サノ
ダンスは勝ち負けにこだわってずっとやってきて、結果を出すことに一生懸命になっていたんですが。
ルダイ
はい。
サノ
いやいや、ダンスって勝ち負けだけじゃないな、身体表現なんだからみんな正解だしみんな素晴らしいしよなって。そう思うというか、そうであって欲しい。
ルダイ
うんうん。
サノ
そして同じことをコーヒーに対しても感じていて。コーヒーって浅煎りは美味しいけど深煎りじゃだめなのかなとか、そういう悩みがあったんですよね。
ルダイ
うんうん。
サノ
「なにこの状況、浅煎り好きと深煎り好きの喧嘩?」と思って(笑)
ルダイ
スペシャルティコーヒーに傾倒し過ぎるがあまり深煎りを全否定してしまったりですとか、ね。
サノ
そうです、美味しい深煎りってないの?と。
心の中では深煎りも浅煎りもみんな美味しいよねって言える世界は無いのかなと思っていて。
ルダイ
はい。
サノ
そんな中、ケイタさんが「全部美味しいよね」と言ってくださって、その言葉がすっと自分の中に入ったんです。
ルダイ
おお。
サノ
それに、ケイタさんは器具についても「自分の気に入った器具で淹れるコーヒーって美味しいよね」「気に入ってるものが一番」って言ってくださったんですよ。お客さんの前で。
ルダイ
おっしゃいますね。
サノ
接客の素晴らしさやコーヒーの味だけではなくて、ケイタさんがお客さんにこういう内容を話しているのを聞いて「あ、この人だ!リロに来た自分の感覚は間違ってなかった」と思いました。
ルダイ
うんうん。以前「焙煎士中村圭太の究極の一杯」イベントの歓談タイムで、「美味しく淹れられないです」というお客様のお話に対してサノさんが「きっと、もう美味しいですよ。」と返されていたのがすごく印象的で。
サノ
うんうん!いらっしゃいましたね。
ルダイ
正解を求めすぎると不完全な要素ばかり目についてしまうけれど、どの一杯もきっと十分に美味しくて、何より自分で淹れるという行為やその時間を楽しむことが大事だ、と話されていたのが印象的でした。
サノ
それはリロに来る前、先ほどもお話ししたように、ひたすら家でコーヒーを淹れては京都のWeekenders Coffeeさんで感想を聞いていた時期があったんですが。
ルダイ
はい。
サノ
その時期は、ずっと「僕のドリップ美味しくないんです」って言ってしまっていて。
ルダイ
ほう。
サノ
それが、今思うとよくなかったなぁと思う。
ルダイ
ふーん。
サノ
お店のみんなも「サノさんそれだけやってて美味しくないの?分からないなぁ…」って真剣に考えてくれていたんだけど。
ルダイ
あはは。
サノ
金属臭が移らないように水筒じゃなくてプラスチックのボトルに、酸化しないように淹れたてを持って行ったり。
飲んでくれたお店のお兄さんが「うん、うん。いいっすね。」と言ってくれるんだけど信じられなくて。
ルダイ
気遣いの嘘だと思っちゃうんですね。
サノ
そうなんです。
そこから時が過ぎてリロコーヒーに来て、ケイタさんが一言「いや、美味しいで」って。
ルダイ
あぁ〜。
サノ
「リョウさんが淹れたコーヒー美味しいで。美味しくなかったらお豆のせい、やから安心してお客様に提供してくれてええで。」って言ってくださったんです。
ルダイ
へえぇ。
サノ
そこで、京都のみんなが言ってくれていたことはこれだったのか、と。
ルダイ
そこでやっと(笑)
サノ
そう、3~4年越しにやっと。ケイタさんの言葉でやっと「今まで家でモジモジやっていたの、美味しかったのか」と。
そのような思いから、お客様へああいうお答えをしたと思います。
ルダイ
はぁ〜なるほど。
サノ
その「間違いはない」という価値観は自分の軸としてはっきり根づいてきていて。
その点スコーンも同じだな、と後からスコーンへの思い入れが強くなってきたんですよね。
(最終回「引き算の美意識」へつづきます)