2018,09,13

昔話ばかりしていると
つまらん大人になりそうだけど

小学生のころの
家事の手伝いといえば
"風呂そうじ"

きらいできらいで
仕方なかった風呂そうじ

嫌がって掃除を放棄すると
私がお風呂を洗うまで
家族全員が浴槽に浸かれないという
それはそれは厳しいお仕事で

風呂掃除そのものも面倒だったけれど
なにが面倒かって
洗剤の泡がなかなか流れない。
やがては流れて消えるけれど
その時間に耐えられない。

小学生のころから短気である。

ある日、お母さんに言ってみた。
「だってずっとシャワーで流しても
全然洗剤の泡が消えないんだもん。」

母は言う。
「どうやったら泡がちゃんと流れるか考えてみたら。」

そうか。
適当に流してたらそりゃ
あっちこっちに泡が飛び散って
排水溝の方へ流れて行かないよなあ。

考えてやらなきゃいけないのだ。
工夫しなきゃいけないのだ。

ちょっと風呂掃除に関心が向く。

その日を境に
いつしか風呂掃除もお手の物に。
お風呂の壁に沿って優しく
なるべく同じ方向に水が流れるような
向きからシャワーを放って
綺麗に流れていく泡を眺めては
満足するのであった。

言われたことだけを、そのままやるのか。
自分でその中に、やりがいを
見つけていけるのか。
適当にやっつけるのではなく
どうしたらより良く、効率よく、
より楽しく行動できるのか。
常に考える。
ちゃんと考えて動いたことは
ちゃんとずっと覚えている。

今では大人になって
風呂掃除以外の仕事も
たくさんしているけど
ちょっと行き詰まったり
なんかうまく進めないときは
心の中で
風呂の泡を丁寧に流すようにしています。


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