「時間」はふしぎだ。
学校の授業は50分が永遠かと思うほど長いのに、寝る前に少しだけのつもりで漫画を開くと、いつの間にか朝日が上り始めている。
サウナ室で背中の芯が熱くなるまでじっと耐える10分間と、外気浴の10分間が同じ長さだとはいまだに信じられない。
良くも悪くも、僕たちはことあるごとに
「時間」に気を取られている。
最短で目標達成する方法。
短時間の睡眠で元気に過ごすには。
今日の寝坊を、タイムマシーンにのって
今朝からやり直せないだろうか。
30年後の自分はどうなっているのだろう?
小説や映画でも、「時間」を扱った名作は数知れない。
『モモ』『ドラえもん』『二分間の冒険』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『インターステラー』『時をかける少女』。
僕はいつも、時間の流れをひきのばしたり飛び越えたり逆走したりする主人公にすっかり入り込み、観終えた後もしばらくぼーっと妄想の世界に浸ってしまう。
いつも「いい時間」を過ごしていたい。
できることなら時間旅行もしてみたい。
こう思うのはきっと僕だけではないはずだ。
過去と出会える場
2019年、大学生だった僕は初めてリロ珈琲喫茶を訪れ、開店から1年少々とは思えない、妙にしっとりと温かな店の雰囲気をふしぎに思った。店内には、初々しさもわざと古さを演出したような素振りもなかった。
蓄音機型のスピーカーからジャズが流れる店内は、お客さんの話し声でがやがやと、決して静かなわけではない。それでも席に着くと、なぜだか苔寺にいるように落ち着く。どんな物音も、湿った苔に覆われた石肌のように、壁や天井にやさしく染み込んでいる気がした。
まるで、ここだけ時間がゆっくり流れているようだった。
後からリロ珈琲喫茶が始まった経緯を聞き、なるほどそういうことかと腑に落ちた。リロ珈琲喫茶は2018年7月7日、長い間愛された喫茶店の閉業後を引き継ぐ形で始まったのだ。
かつてこの場所にあったココア専門店「アカイトリ」は、目まぐるしくテナントが入れ替わる流行り廃りが激しい心斎橋の片隅で、46年ものあいだ人々の憩いの場だった。僕たちの両親や、そのまた両親の時代から、大阪人の会話と笑い声とカップがソーサーにぶつかる音を受けとめつづけた壁や椅子を、リロ珈琲喫茶はほぼそのままの形で引き継いでいる。
半世紀変わらずにある喫茶の壁や椅子は、過去と現在をつないでくれるタイムマシーンだ。いま自分が座っている席で、30年前に両親がデートをしていたかもしれない。それってまるで、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の世界だ。
空飛ぶ車を時速88マイルで走らせて1.21ジゴワットの落雷を待つなんてことをしなくても、この場所に来れば過去に触れられる。
この空間が潰れて欲しくないというシンプルな思いをきっかけにリロ珈琲喫茶の開業を着想した堀田さんと、これまで店を守り走り続けてきたバリスタのみんなに感謝したい。どれだけ価値があるものでも、誰かがバトンを持って走らないと、かんたんに消えてなくなってしまうのだから。
でも。
変化が大好物であるチームリロコーヒーが「ふるきよき喫茶店の維持・保存」だけで満足するはずがない。
リロ珈琲喫茶が面白いのは、ここからだ。